田中神社
磯子区の田中神社。
ここが入り口です。
細い山道に面しています。
磯子区といっても臨海部ではなく、大岡川流域です。
栗木神社の北西200mほどのところにあります。
二つの神社とも、それぞれ丘の上にありますが、その間を左右手川が流れています。
鳥居です。
入り口から入って、すぐ90度左に向くと鳥居です。
狭いし、かなり無理やりな配置です。
由来を説明した石碑。
この上笹下神社の話は、上中里神社の由緒書にも書いてあったな。
まあ、今の栗木神社のことでしょうな。
あと、元来は御嶽社だったってのが面白い。
山岳信仰の神だよな。
社殿です。
社殿の脇にあった、田中神社二千年記念植樹。
二千年って、吹っかけすぎだろ、おい。
境内から南を見る。
正面やや右よりの丘になってる部分、そのいちばん右端の木立が、たぶん、栗木神社のあるところです。
ここが入り口です。
細い山道に面しています。
磯子区といっても臨海部ではなく、大岡川流域です。
栗木神社の北西200mほどのところにあります。
二つの神社とも、それぞれ丘の上にありますが、その間を左右手川が流れています。
鳥居です。
入り口から入って、すぐ90度左に向くと鳥居です。
狭いし、かなり無理やりな配置です。
由来を説明した石碑。
田中神社は江戸時代より御嶽社として開創され田中の鎮守であった。
明治三十九年内務省通達にて上笹下地区の無格社統合合併により神明社と共に六ケ村の神社と合祀され、明治四十五年栗木に上笹下神社として遷座した。
第二次大戦後、それぞれの地区に氏神様を祀ることとなり、昭和二十二年四月二十日現在地に仮の御神殿を建て、町名をとり田中神社とした。昭和三十五年御神殿を造営し、国常立尊他二柱を御祭神とし、昭和二十八年九月十日登記を済ませ宗教法人となった。
例祭は毎年秋に執り行っていたが、造営した御神殿は昭和四十六年十二月七日、火災により焼失した。
その後、町内有志を始め関係者の努力により御神殿は再建されたが、年月も経過し、また町の発展に伴い総鎮守として御神殿改善の気運が盛り上がり、平成十三年九月御神殿の増築と補修、御神域の整備を完成させ、現在に至った。
この上笹下神社の話は、上中里神社の由緒書にも書いてあったな。
まあ、今の栗木神社のことでしょうな。
あと、元来は御嶽社だったってのが面白い。
山岳信仰の神だよな。
社殿です。
社殿の脇にあった、田中神社二千年記念植樹。
二千年って、吹っかけすぎだろ、おい。
境内から南を見る。
正面やや右よりの丘になってる部分、そのいちばん右端の木立が、たぶん、栗木神社のあるところです。






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